第32章 養老金及火葬場

 当新田の居住民は徳義等が理解できてなく、家に老父母がいても尊敬し養うことを知らなかった。

これは結局、悪い習慣とは言え、ひどい貧乏が原因であるため、矯正を図り彼等に親孝行が何んであるかを教えれば、古くから伝えられている養老の典に見習って高齢の者には特別の恩恵を与えれば団体風紀において大きく進歩すると考え、明治28年2月より、養老の典を実施することにし、その決まりは次の通り。

  毎月三十日をもって新田居住民の中の高齢者へ養老手当として、次の割合により全員に惠与する。 

 

    年齢 七十歳以上   1ヶ月毎に   金25銭

    同  八十歳以上     同      金50銭

    同  九十歳以上     同      金 1圓

    同   百歳以上      同      金 2圓  


 前記の養老手当交付の時は必ずその子弟を召いて厚く訓戒を加え、良く老者を崇敬し慰養するようにと説示することとした。

 また、年々移住民が増加しているため、火葬場を設けて遠路送葬の苦労、及びその費用を省減する必要を感じ、明治28年7月中、その筋に出願して字(り)の割に火葬場を新設した。


第33章 農事の開発及奨励

 当新田の小作の中で他国より移住してきた者は、出身地の習慣により耕作をするために潮田に適さない耕作をする者が多い。

 また牟呂、磯邉、大崎、前芝等より来た小作人に従事する者は、海浜に生まれて漁業を主として農事に詳しくない者に従事するため、2者共に新田耕作がうまくいかないことが多い。

 そのため遠近を問わず経験豊富な農夫に潮田耕作の意見を求め、これを実地に試験して小作人を教導し潮田に合った耕作を開発した。

 同時に資本に乏しい小作人には耕作地に十分な設肥ができないことを心配し、一手に肥料を購入し、小作人にこれ分配貸与して、その年の収穫時期に返却させる方法を執った。

 それから農事奨励のため全小作人の中より、農事に勉励の者50名を選定し、更にこの50名を上中下の3等に別けて、農具等を賞与し、数回の受賞者には特別賞与を授ける方法を確立した。