元来、澪留の作業は海上にて重量物を運搬し、上下が必要とするため干潮字に合わせて急そぎの工事となるので、非常に危険となる。
澪留工事をする時は常に多少の死傷者が出たり、品位の欠ける人夫を雇っての工事応援となる場合は、喧嘩や騒動が起きることがことが多いだけではなく、毛利氏が澪留工事を施行した際のように多数の死傷者を出した場合を恐れ、澪留の当日は警察官が出張して大々的に警戒したが、少しの異変も無く警官も驚くほど無事に終了したのは珍らしいことであった。
なお、この工事があることを聞き、実況を観ようとして東京、大阪、その他各地よりこの分野に興味のある熱心な人々が多く集まってきたが、全員が服部の経験豊かな知識や計画を褒めたたえると共に、この事業の取り組みが大に参考になったと喜んでいた。