第17章 澪留の光景

 3ヶ所の澪(深さは満潮で約9尺余)には3尺毎に杭を打立てて、これに横布を結着して作業の開始を待った。

澪の中央部には工事指令長の出張所を設け、その左右には紅白の旗を樹立した壮観な構えの中、指令長は服部長七である。

 澪の1ヶ所目は25間分を明治26年9月16日午前4時30分より着手し、同6時になって無事に澪留を終了し、次の作業も確実にするため礫砂を運搬した。

 翌17日は60間(109m)、及び25間(45.5m)の2ヶ所の澪を一挙に築留する日であった。

そのため、当日は服部長七を初め係員等は大に勇気を奮い起こし、午前2時より2ヶ所の澪口の両側にて勢いよくかがり火を燃した。

 数千の人夫は紅白の手ぬぐいを頭に巻き、その色で甲乙の両部隊に分かれ開始の太鼓が鳴るのを待っていた。

また海上には無数の船舶が各小石入の叺(カマス)を積んで澪口に向かう準備を整えていた。

 その中、指令長は予め用意していた神札神幣を中央部に樹立し、賞金若干と大きく書いた標札を付けて声を張り上げ、「両部隊の内、早く中央まで築止召した方を勝としてこの賞金を付与するので一同相競って就業せよ」と言い放つと人夫の歓声は海を震わせ意気が山を動かすようであった。

 服部指令長は更に予備人夫を若干準備しており、これに紅白の手ぬぐいを各二筋を交付し、指示として、「両部隊の内、一方が敗れるそうな傾向があれば争いが起る恐れがある、十分注意して私の指揮の下で遅れている方を援助して両部隊が同時に中央に達せるようにと」指示していた。

 数千の人夫は、満を持して開始の太鼓が鳴るのを待っていたが、やがて(明治26年9月17日)午前4時30分になると開始の合図である太鼓の音がとどろき渡った。

 両部隊は鋭意作業に着手し、互に負けけないとの勢で難なく築立していき、内外に待機している船舶が積んでいた小石入の叺で築出し、見る間に工事が進捗した。

 午前6時30分になると両部隊とも均しく中央に迫り、機一髪の勝負がつくと思われた直前に指令長より直ちに作業中止との号令が下つた。

 数千人の人夫全員は驚きと迷いで茫然としたが、この時指令長は神札のある所に近づき、今迄一本の神札神幣、及び賞与と思われたものが、たちまち各二本に分れ指令長はこれを持って一組づつを付与した。

 続いて指令長から、「全員良く励み成績の甲乙つけがたく、勝敗を争う必要もない、宜しく速かに休息して労をねぎらうように」と指示が有った。

 この奇抜な策と機転の利いた対応は、中央部に設けておいた澪留の予備人夫の働きによるものが大きく、工事の完成につながった。