その上、その位置が東西大都市の中間にあり、交通至便なことは豊橋市産業の発達の全て共通する條件と云っても過言ではない。
蛹は製糸工場より、鰯は表浜より容易に、かつ豊富に得られることは直ちに納得できる。
鰻は大体において大阪人の好む太口の鰻が多いので主としてこの方面に移出される。
その他は量は大して多くはないが東京方面にも移出される。
この地方の養鰻業の始めは約30年前頃からで、現在神野新田の養鰻業者の中には浜名湖畔から移住されて来た人が多い。
タイトル 郷土見学の栞 神野新田に関する記事 18~20頁
著者 豊橋市立高等女学校校友会 『神野新田』
出版者 豊橋市立高等女学校校友会 書籍へのリンク
出版年月日 昭和12(1937年) http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1027910/19